いじめっ子の脳はどうなっているのか

 いじめっ子はそもそも脳機能に差異があるのではないか・・ということが,CTスキャンを利用した最新の研究によって実証された.今回の研究は,「Biological Psychology」誌の最新号に掲載されるらしい.ただ,いじめっ子と言っても,ヒトには本来攻撃本能及び生存本能があるので,本能的に他者を攻撃することに快楽を覚えたり,他者より絶対的に優位な状態にあるときに幸福を覚えたりする(いわゆる"メシウマ"と呼ばれる反応)のは自然な反応ともいえる.今回の研究において明らかになったのは,臨床心理学的に疾患状態にあると思われる状況において,それが脳機能的にあるいは器質的に疾患があるせいではないかということ.そのため,いじめっ子=脳機能的に差異があるというわけではないので,誤解しないで欲しい.


 人の災難を喜ぶいじめっ子の脳 - National Geographic

研究チームの一員でシカゴ大学の心理学者ベンジャミン・レイヒー氏は、「この発見は予想外だった」と話す。研究チームでは、いじめっ子は他人の苦痛を目撃したときになんの反応も見せないだろうと予想していた。なぜなら、彼らは冷酷で、感情を高ぶらせることがないために、例えば良心の呵責(かしゃく)を感じることなくおやつ代を盗むことができると考えていたからだ。

レイヒー氏は、「人が他人の苦痛を目にすると、自身が苦痛を経験したときと同じ脳内領域が光ることはこれまでの研究で判明していた。感情移入を示す反応だ」と話す。今回の最新研究では、いじめっ子の脳の場合、該当領域がさらに活発に活動を行っていることが判明した。

 しかし、いじめっ子が示す感情移入反応は、扁桃体(へんとうたい)と腹側線条体(ふくそくせんじょうたい)の活動によってゆがめられたものだと思われる。扁桃体や腹側線条体は脳内領域の中で報酬や喜びに関係すると考えられている部位である。「つまり、いじめっ子は人の苦痛を見るのが好きだと考えられる。この考えが正しい場合、彼らは弱い者いじめをして他人を攻撃するたびに心理的な報酬を受け取り、反応の強化が進んでいることになる」とレイヒー氏は話す。

 今回の最新研究では、うそや窃盗、公共物破損、弱い者いじめといった経歴を持つ16〜18歳の少年8人の脳活動を検査した。8人の少年は臨床分野で攻撃型行為障害(aggressive conduct disorder)と呼ばれる症状を持っており、そのような経歴を持たない同年代の少年グループとの比較を通じて調査が行われた。

---中略---

脳のCTスキャンを行った結果、喜びに関係する脳内領域と、苦痛に関係する脳内領域の活動が判明し、さらに、感情の統制に関係する脳内のある部位が、いじめっ子の脳では活動していないことが明らかになった。言い換えると、いじめっ子は、例えば昼食の列に並んでいるときに子どもが誤ってぶつかってきた場合などに、自分を抑制するメカニズムを欠いていることになる。
     人の災難を喜ぶいじめっ子の脳 - National Geographicより引用

 ヒトは他者を見たとき,その他者の行動を推測したり*1,意図を汲み取ったりすることが出来る.ヒトは他者の意図や行動を論理的思考を経て複雑な推論をするまでもなく*2,素早く簡単に理解することが出来る.それは,ミラーニューロン*3と呼ばれる特定の行為をコードしているテンプレートともいえるニューロン群による.人が何も考えずに基本的な行動を実行したり, あるいは他者の行為をいろいろと推論することなく即座にその行為の意味を理解できるのは, ミラーニューロンというテンプレートがあり, その雛型に対してパターンマッチングしているからと考えられている.

 ミラーニューロンによって,ヒトは他者の行為を見ているだけで,自身の脳内でも同じ行為を制御する神経回路網が活性化する.このメカニズムによって,ヒトは他者と同じ行為を表象的に経験することが出来るため,他者の行動を直感的に理解することが出来る.また,脳内で他者の行動を自身に置換してシミュレートするこの機能があるからこそ,ヒトは他者と共感することが出来る.

 ベンジャミン・レイヒー氏は,最初はこれらの機能の欠陥によって,いじめっ子は他人の苦痛に共感しないために良心の呵責を感じないのだろう・・と推測していたのではないだろうか.*4しかし,研究の結果,そうではなくて報酬系の異常な反応によって,他者の苦痛や不幸が自身の幸福や快楽に摩り替わってしまっているらしいということが分かった.つまり,いじめっ子は人の不幸や苦痛を見るのが好きであり,他者を苛めることで脳科学的に報酬や喜びを得ているということらしい.*5

「自己制御を欠いている点を処置する、あるいは埋め合わせる治療法を開発する必要があるだろう。いじめっ子が自己制御を欠いているのは事実だと考えているし、他人を傷付けるたびに心理的な報酬を受け取り、反応の強化が進む可能性がある」とレイヒー氏は語る。
     人の災難を喜ぶいじめっ子の脳 - National Geographicより引用

 前述したように,いじめっ子全員が自己制御を欠いているわけではないだろう.成人は情緒的な情報を前頭皮質(frontal cortex)を使って処理するが, それに対して若者は古い皮質である扁桃体(amygdala;小脳扁桃)が主に活動を示す.若者の場合成人に比べて頻繁に扁桃体が活性化されるのに対して,成人の脳ではその働きが抑制される.これは,論理・理性・倫理をつかさどる前頭皮質(frontal cortex)が, 小脳扁桃以上に連結を強化し優勢になるためである.高次脳機能を司る部位においては髄鞘形成は非常に遅く, 特に前頭連合野においては完了は20歳頃とも云われている.若者の場合は前頭連合野における髄鞘形成が未発達であるため, 情緒的情報の処理において扁桃体が優勢となる.怒りや恐怖などの本能的反応を支配する情動脳とも呼ばれる扁桃体などの部位が情動的思考においては優勢となるため,大人に比べて「キレる」などの一連の行動が生じやすく,その行動もまた情動的・本能的になり易い.

 つまり,若者の場合は情動的思考において感情的になりがちであり,本能的に行動しやすい.「虐める」という行動も,大抵の場合は本能的欲求に身を任せて行動しているだけであり,学校というコミュニティのなかで社会活動を営む場合において,自身の優位性を保つための行動として,攻撃本能を満たし短絡的な快刺激を得るための行動として,「虐め」を行っていると考えられる.ただまあ,いじめっ子の一部にはこのように脳機能的に異常が見られる子もいるのだろうから,そのような子の場合は,適切な医療処置を施してあげられるということで,今回の研究結果は非常に有意義だと思う.

 クレムゾン大学家族・近隣生活研究所でオルヴェウスいじめ防止プログラムを担当するマレーネ・スナイダー氏は次のように話す。「今回のテーマについて脳撮像による科学的調査で次第にさまざまなことが発見されるのは驚くことではない。脳がどのように機能しているのか、その解明は始まったばかりなのだ。脳の仕組みの理解が進めば、有意義な関与方法を見いだすことができるようになるだろう」。
     人の災難を喜ぶいじめっ子の脳 - National Geographicより引用

 今までは虐められた子のケアだけが考えられ,虐めた子は「なんでそんなことをするの!?」と行動を否定するだけに終わっていた.しかし,それが脳科学的要因による結果であるのならば,虐められた子のケアだけではなく,いじめっ子のケアもまた大事だろう.

参考文献

[1] 脳から見た心の世界part3 日経サイエンス編集部 編 日経サイエンス(2007/12/10)

[2] 思考と脳-考える脳のしくみ 渡邊 正孝 著 サイエンス社(2005/10)

[3] 脳とニューロンの科学 新井 康允 著 裳華房(2003/09)

[4] 脳科学への招待-神経回路網の仕組みを解き明かす 松村 道一 著 サイエンス社(2002/09)

関連:
[1] 自閉症スペクトラム障害(高機能広汎性発達障害;ASD)とは
[2] 大人と子供における脳の構造の違いとそれによる思考の相違-天才と常人の脳の構造の違いは-

*1:一連の動きを行為として理解し,またその行為の目的をも判別し得るということ

*2:相手の行動が理解し難いものであったりすれば別だが

*3:運動皮質は腹側運動前野のF5野や上側頭溝(STS), 下前頂小葉(IPL), 下前頭回(IFG)の3領域が主要な領域であると考えられている

*4:いわゆる,自閉症患者のようにIFG(運動の誘導や意図の評価),前帯状皮質(共感や感情の調節),角回(単語の意味理解や知覚情報の統合)などの機能異常

*5:報酬系:中脳の腹側被蓋野から大脳皮質(大脳基底核線条体と呼ばれる部位,特に腹側線条体側坐核)に投射される一連のドーパミン作動性ニューロン群が報酬系神経回路の活動に深く関わっていて,これらを報酬系と呼ぶ.アンフェタミンやコカインなどの麻薬はこの報酬系を賦活するために快楽を得られる